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とりあえず

 投稿者:てん  投稿日:2009年 3月 1日(日)02時58分52秒
  残しておきます。  
 

そうか

 投稿者:てん  投稿日:2007年11月25日(日)01時40分31秒
  そろそろ考えます。  

sometimesomewhere

 投稿者:てんメール  投稿日:2003年11月23日(日)21時36分24秒
  いつか 何処かで また 会える・・・
忘れられぬ景色
忘れられぬ人々

「想い出」という名の宝物は
これ以上 傷つく事もなく
これ以上 失う事もない
そう 忘れない限り

「今」を生きる僕達は

「想い出」という名の勇気をまとい

「明日」という名の空へ羽ばたく

君の事を忘れはしない・・・ sometimesomewhere


                              pewee 2000年4月号
 

本当の優しさ、強さ

 投稿者:てんメール  投稿日:2002年10月19日(土)22時48分54秒
  3度目の全都道府県ツアーを終えたSOPHIAが、ツアーで披露された新曲を含むシングル
「未だ見ぬ景色/手紙」を発表。
前2作は外部プロデューサーとのコレボレートだったが、今回は
「ライブ・プロデュースというか、僕らとオーディエンスで育てていけばいいと思った」(松岡)

松岡の歌とピアノ、ハンドクラップ、弦の音だけで構成される前半はゴスペルのようなテイスト。
途中からドラム、ベース、ギターが加わり、ゆっくりと盛り上がっていく展開で、
沖縄やアイルランドの音楽など土着的な要素のあるアレンジが印象的だ。

「後半のツアーのテーマにしようと思ってた曲で、ツアー・メニューの中の「ALIVE」に代われ
 る位置にくるかなと思ってた。沖縄音階は使ってないけど、リズムの間のとり方とか、ゆった
 りとした流れは意識してますね。ファイナルの沖縄ですべてが終わったときに泣きながら、笑
 いながら歌える曲ってイメージがあった」

“未だ見ぬ景色”は初めて訪れる場所ではなくて、
いつも見慣れている景色なのかもしれないと松岡は言う。
歌詞には“初めて飛行機に乗って、空を見て泣いた母親”という一節が出てくるが、
彼が表現したかったのは、本当の優しさや強さなのかもしれない。

「純粋に誰かを思いやれる人、がむしゃらに前を向いてがんばってる人の象徴として“母親”という
 ことばを使ったんです。見返りを求めない優しさをもってる人って、たとえば、飛行機に乗ったら、
 下を見るんじゃなく、空を見るんじゃないかと思うんです。
 小さく見える街を見て“自分はこんなちっぽけなことで悩んでたんだ”って流す涙と
“こんなに空って広かったんや”って流す涙には大きな違いがあると思う。
 下を見て悔やんでいるようじゃ、まだまだやって。
 僕自身そういう人になりたいっていうあこがれがあるんでしょうね」

2曲目の「手紙」は温かくもせつないバラード。
長いツアーに出る松岡自身のことを想像させる曲でもあるが、
ここにも“無償の愛”が存在している。
それは数々のライブで彼らが受け取ったものである。

「バンドを長く続けていくほど、いろんな人の人生に出会うし、ファンの人からの手紙を見ていると、
 1本たりとも小手先のライブをやったらダメだな、と思うんです。
 今回のツアーも、アルバムを引っ提げて・・・とか、そういうテーマはなかったけど
“俺らは、ここにいるよ”って気持ちでやってた。
 ここで自分自身と闘うし、必死にやってるから、
 もし、SOPHIAのライブに何かを求めて来てくれているんだったら、
 自分なりに何かをつかんで、見つけ出して帰ってくれたらいいなって思ってましたね」

全都道府県ツアーのスペシャル公演として、大阪城ホールと日本武道館で行われる2daysのライブで、
ステージ三昧の日々もひと区切り。1日目に“ROCK★STAR”、2日目に“~未だ見ぬ景色~”と
それぞれタイトルされたライブは構成も、印象もかなり異なるものになりそうだ。

「ツアーのまとめでなく、ここでさらにチャレンジしたいと思ってるんです。
 見え方も聴こえ方もたぶん違うと思う。2days見た人が“まったく違うライブだった。
 でも、どっちもよかった!”と思えるものにしたい。
 新しいSOPHIAを見せると約束できるし、3度も全都道府県ツアーを回ったバンドのタフさや
 幅の広さもみせられると思ってます」

                                          CDデータ 2002年10月20日号
 

ありのままの SOPHIA

 投稿者:てんメール  投稿日:2002年10月 6日(日)12時31分36秒
  「たくさん回ることに意味があるということじゃないというか。
 そこに聴いてくれる人がいるから行くというか。
 今までのツアーに対しての考え方とそこが一番違ってるかもしれないですね。
 今までは、そこに聴いてくれる人がいなくても行く、
 それは何かというと、自分に対してのストイックさがでかくて、
 そうなったんだと思うんですけど
 今回は、いるから来てる、そこに人がいるから声出して歌おうと思うんであって、
 無人の部屋で歌おうと思わないな、俺って。
 そういう意味で、僕は歌うのが好きやし、聴かせたいし届けたいなと。
 そういうことは、過去のどのツアーよりも一番強かったかもしれないですね。

 前回のツアーで空席があったときは、そこを見て歌ってた気がするんですよ。
 そこに人がいることを想像しながら。
 でも、今回は空いてる席を見なかったんですよね。
 空いてる席を見ることよりも、
 目の前にいる人たちのことを見ることがすごく大切な気がして。
 そういう色んなことも含めて今回のツアーは初めて経験しましたね。
 今までずっと満席のところでやってきて、
 それが当たり前みたいになってましたから。」


----------------------------------------------------------------------------------
そうやって空席のことを話しながら、どこか淡々としている。
悪びれるそぶりもなく、動揺している風もない。
それは、何かを“通過してきた”人間の芯の強さのようなものを感じさせた。
以前の彼だったら、インタビューで、そういった状況だったことをそんな風には
話さなかったのではないだろうか。

ありのままの SOPHIA。

CD が思うように売れない音楽業界で、
アルバムのリリースもなく全都道府県ツアーを行なった。
そのことが彼らを強くしたのかもしれないと思った。

SOPHIA は何を見たのだろう。

(R&R News Maker 2002年11月号)
 

表現の手段

 投稿者:てん  投稿日:2001年12月22日(土)23時59分49秒
  僕は主体性のない毎日、意志のない人生っていうものがどうしても理解できない。
なにができるか、じゃなくて、なにがしたいか、なんだよ。
その意志と行動が、僕はその人の存在価値だと思うからね。
だた・・・そういう自己実現はものすごく、大変。
音楽の世界に限らず、どんなシチュエーションにおいてもね...。

だから・・・僕は勉強もするし努力もする。
人間として成長しようともしてるし。

だから・・・そのプロセスで生じる苦しみ...あとは悲しみとか...
僕はそういったことを楽しんでいる。

でも、そんなのあたり前のことでしょ?
だって、やらされてるんじゃなくて、自分がやりたくてやっていることなんだもん。


だからね、最近・・・実は、本業がミュージシャンである、
って感覚があんまり・・・ないんだよね。
俳優だとかなんだとか・・・表現の手段を区別するような意識もないんだ。
手段のこだわるのではなくて、自己主張をエンタテインメントに
昇華させることに、僕はもっともっとこだわって行きたいんだ...。
お手軽な、既成概念の中から選択するんじゃなくてね、
ロックであるとか、ポップスであるとか、舞台であるとか、テレビであるとか、
そういうことじゃなくて・・・。

自分の意志やイメージをカタチにすることができれば、
なんでもいいのかもしれない、って思うようになってきただ。
 

自分との闘い...

 投稿者:てん  投稿日:2001年 4月15日(日)00時39分58秒
  ちょっと別の方のインタビューで出てきた言葉。
どっかで聞いたような...。

結局は『自分との闘い』...。
さんざん聴いた松岡語録と同じ。
みんな闘ってるんですね。

今回のツアー、松岡語りを起こすヒマがないんですが...。
語りより、歌で泣かせます。
『ALIVE』は絶品。

残り 4本、がんばって行ってきます。
ファイナル見届けてきます。
 

PJ収録潜入レポ(ネタバレあり!)

 投稿者:てんメール  投稿日:2000年10月 4日(水)00時48分40秒
  10月2日の出演にヤマをはり、出しまくったハガキ。
で、はずれまくったハガキ。
なんとか 1枚当たり、気合いを入れてのぞんだ当日。
まぁ、いろいろとありました。(笑)

■ 集合・入場
  なんとしてでも 1階席になりたくて、気合い入れまくり。
  仕事を早く切り上げ、16時から並ぶ。(相方は 15時前から..)
  しかしなぁ、やられましたよ。2階最後列だもの。
  あそこは普通、開演ギリギリに入ったときの場所でしょ?
  かなりの落胆、激怒り!
  (しかし、この怒りはどこにもぶつけられず。しょぼびーん状態...)

■ 第1部
  おもな出演者は、安室奈美江、浜崎あゆみ、スガシカオ、
  Bluem of Youth、矢井田瞳...
  あと、すいません、もう 1組いらっしゃいました。
  で、もうとにかく、何事もやる気なし。(笑)
  なので、あんまり覚えてません。
  10月14日放送だそうです。

■ 休憩時間
  第1部終了後に帰る人もいるので、1階席入場にトライする。
  しかしなぁ、同じことを考えてる人達はたくさんいて...。
  結局うまくいかず...。
  そんなことをしているうちに、渋谷の街をうろうろしてそうな、
  派手めの厚底ブーツのねーちゃんの大群がやってきた。
  えっ? 誰のファン? SOPHIA のファンなのかぁ...
  でも、なんか、みんな案内されて、1階奥に消えて行った。
  後でわかったのだが、このねーちゃん達、安西ひろこのバックダンサー
  (ってほどじゃなかったが)でした。 びっくりしたよな。

■ 第2部
  出演者は、EveryLittleThing、SOPHIA、安西ひろこ、そして、リッキー・マーティン

  まずは、収録前にパラパラの練習をさせられる。(笑)
  そして、EveryLittleThing が新曲含めて 2曲披露。
  なんか、2人だと寂しい感じがします。

■ SOPHIA 登場  
  で、待ちに待った SOPHIAさん登場。
  だいたい、あの衣装はなんだ? とくにクロちゃん。
  シースルーの衣装を巻きつけたような...。
  都さんの配色も凄いし。(茶系?のジャケットにオレンジ系?のパンツ。シャツは青?)
  途中で気づいた、ジルくんのシャツも柄も凄くないか?
  ちなみに、松岡さんの衣装は、上下黒で。
  遠くて見えなかったけど、上は革? 髪の色は渋めで...。

  MC では、香港に行った話と、下見?のときに Kinki のライブに行った話。
  自分の新品のバッグをファンの子に踏みつけられてボロボロになったので、
  その請求を光一くん、剛くんのどちらに請求しようか、という話題。
  (そんなのきっとカットされるでしょうね、オンエアでは。)
  英語も話せるよ、という話題で、後ほどリッキーと話して、なんて振られてたし。
  (エンディングで、またも振られて、日本語で会話してる松岡さん...)

  そして『walk』初披露。
  ラジオで聴いたシングルのイメージがあったので、かなり違うのかな、と思ったけど
  松岡さんの熱唱ぶりは相変わらずで...。
  アレンジはライブのときと違うものの、ラジオで聴いたときほど違いは気にならなかった。
  左手の動きが、ライブのときと同じだったのが嬉しかった。(笑)

  まわりに SOPHIA ファンが少なく、5人が登場したときは、みな席に座ってて。
  なのに、『walk』がはじまってしばらくしたら、立ち出す人が多くて。
  思わず立ちあがった、って感じで。
  さすがっ! って思った瞬間。聴かせます!!!
  
■ その他(笑)
  先の安西ひろこが、厚底ブーツのねーちゃん(50人くらい?)を引きつれての歌披露。
  ねーちゃん達は、それほどパラパラがうまいわけでもなく。 (揃ってないし...)

  リッキー・マーティンは 2曲披露。
  例の曲と新曲。(あの方がカバーした方の踊りをやってる人達多し。いいのかなぁ?笑)
  バックダンサーのおねーさんの衣装がセクシー。足きれい!

■ エンディング
  全員登場。
  会場全体を見渡してる松岡さん。ファンの呼びかけに応えたり。
  最後の挨拶の後、「SOPHIAのみなさんでしたぁ~」で退場を促されるも、
  ジルくん、クロちゃんが動かない。人の話聴いてないんだろ?
  変な間の後にステージ袖へ。
  収録終了。おつかれさまでした。

■ おまけ
  なんせ遠かったのでわからなかったのですが、都さんのヒゲがなかったそうな...。
  クロちゃんは後ろにつけ毛を付けてたらしい。
  放送は 10月21日です。

 

成長する曲達

 投稿者:てんメール  投稿日:2000年10月 2日(月)00時26分17秒
 
今年の元旦の“ミサイルマン 2000”での『黒いブーツ』。
当時書いたレポでも、“圧巻だった”と書いている。
360度と、ステージを囲むスタンドという会場...
それも理由なのだろうが、その一体感は凄いものがあった。
そして、3月からの全県ツアー“大夜總會”では、更に凄さが増して行き...。
ヒマワリ畑とは別の一体感。
SOPHIA のライブならでは、という瞬間。

ツアー総括のインタビューの中で見つけた、クロちゃんの言葉。

「“黒いブーツ”でみんなが手を叩いてる光景。これが一番好き。
 後半はホント、それが見たくてライブやってるようなもんだったからね。
 だってこの曲って俺らにとっては、もともとは盛り上がる曲じゃないでしょ。
 でも、それを盛り上げることができるのが楽しかったね。
 明らかに去年までとは違った。 他にも変わった曲はあったけど、
 お客さんも巻き込んで変わったのはこの曲だね。
 もともといい曲だったけど、名曲になったと思ったよ。」     (Vicious 2000年11月号より)

あぁ、ステージ上でも同じように感じてたんだな、と嬉しくなった。
そう、そのために何度も足を運んだのだから。

そして、その曲、詞を書いた本人は...。

「“黒いブーツ”って、すごい僕にとっても特別な、ちょっと他の曲と違うって
 初めて言えた曲っていうか。言わざるをえないぐらいの曲だったんですけど。
 それがまた今度は戻ってきたというか。みんなの曲になった、とは思いますね。
 あれもすごい成長しましたね。

(自分の体験がそこに歌われてるっていう意味での特別な?)

 はい。傷つけられたくないし、僕の大切な思いが詰まってる。
 だけどライブで歌って、みんなが覚えて歌って、
 みんなのものになるわけじゃないですか。
 その勝手に歩いていくのがすごく、実は寂しくて、嫌だった。
 守っておきたかったっていうか。
 でも、そうじゃなくて、みんなのもんになって、また帰ってきた時に、
 それ以上のものを持って帰ってきてくれるっていうか。
 それがすっごい分かる曲ですよね。

(そうやって確認できるのがツアーバンドならではということ?)

 そうですね。それがもう全てやし。
 そこにおる人しかね、やっぱり感じられないことっていっぱいあるやないですか。
 だからやっぱりツアーにするわけで。
 だからわざわざ旅するわけで。」                (Creation vol.6 より)


ツアーとともに成長する曲達。
“黒いブーツ”はその代表。
ライブのあの時間、空間は、その場所にいた人だけが感じられるもの。

来年は、何回彼らを会うことができるだろうか。
 

ライブレポ

 投稿者:てんメール  投稿日:2000年 5月 1日(月)03時08分45秒
  NHK ホールでのライブ、カメラマンが大挙して押し寄せてた(笑)ので、
そろそろレポが載るころだと思ってた。
とりあえず、ひととおり読んでみて...。

一番気に入ったのが「Vicious」。このライターさん、ミサイルマンのときのレポ(↓参照)も
すごくよかった。
ずーっと、SOPHIA 見てきてる、というのがよく伝わってきて...。
見開きの写真も好きだ。たった、これだけなんだけど、ライブというものの雰囲気をとらえてる。

どーも NHK ホールというと、30日にいた女性カメラマンのことを思い出してしまって。
ライブ中に人の目の前に立ってカメラ構えて...。
それも、何度も何度も。
一番腹立ったのが、『街』でのクライマックスでやられたこと。
そりゃないだろ? ライブをなんだと思ってるんだ。
あんたは、写真撮ることが仕事だろうけど、あの空間を壊すようなことはするなっ!

というわけで、全雑誌見ながら、気に入った写真のカメラマンが女性でないことを
いちいちチェックする、大人気ない私でした。
 

「みんな、がんばれよ!」

 投稿者:てんメール  投稿日:2000年 5月 1日(月)02時55分52秒
 
かんたんに発したものではないし、発するものでもない。
強くなければ優しくなれないし、優しくなければ強くはなれない。
より深く、深く、勇気を持って...。

様々な経験をくぐり抜けてこそ得られる強い心と言葉の数々。
このツアーの果てに、5人はいったいどんな景色を見るのだろう...。

       ◇  ◇  ◇

松岡は本当の意味で優しさを身につけた。
いや、きっとソフィア自体が優しさを手に入れた。
本当の優しさとは、様々な経験をくぐり抜けてこそ得ることのできる、
強い心から発せられるもの。

“みんな、がんばれよ!”

松岡はかっこよくっておもしろくて、優しい。
デビュー前から彼らを知っていたけれど、この日初めてそこまで感じた。
こんなに心に響く“がんばれ”って、そうないと思う。
この“がんばれ”を、自分から発信できるようになりたいと思った。
この日、彼らは私の目標になった。

オトナになんかならなくてもいい。
だけど、勇気や優しさを育てていかなければいけない。
なぜなら、自分の人生は自分で作っていかなくてはならないから。

       ◇  ◇  ◇

5人の中のソフィアとは、いったい何なのだろう。
同じバンドの仲間には変わりないが、きっと 5人でやり始めた頃の意識とは違う。
たとえば、ソフィアの都、ソフィアのクロ、ジル、トモ、松岡というよりも、
ソフィアと頭につかなくても都啓一、黒柳能生、豊田和貴、赤松芳朋、
そして松岡充。
ひとりひとりが独立したミュージシャンであり、
ソフィアをやっているという共通点を持つ。
わかりにくいかもしれないが、そんが気がしてる...。
それぞれがソフィアに向かい、刺激され、励まされ、一緒に歩むのだ。

“心の隙間にソフィアの音楽が入ってきた瞬間、そのみんながソフィア”

松岡が言った。それも、もちろん。メンバーも含めて、
ソフィアにふれた全員(もちろん私も)が、ソフィアと一緒に歩むのだ。

3月29日、ソフィアの優しさに触れた。
3月30日、かえがえのない時間を噛みしめるソフィアがいた。

99年 'beautiful MAN’ツアーで、ひとつの歌がめくるめく表情を変え、
私たちの心に様々な想いを残した。
2000年。各地の'大夜總會'で、きっといろいろなソフィアを
目にすることができるような気がしている...。

                            Vicious 2000年6月号より
 

もともとは

 投稿者:てんメール  投稿日:2000年 3月 5日(日)22時56分20秒
  松岡語録を書こうと思ったのだけど。
SHOXX で以前言ってたことで、

「僕ら、そんなに簡単にわかるようなものは作ってないからね。
 リリースしました、100万人がパッとわかって買いました、っていうのはおかしいですよ。
 わかりやすいイコール浅いってことですからね。
 別にわかりにくいものを作ろうと思ってるわけじゃなくて、
 単純なものを作ろうと思ってるわけじゃないってこと。
 だって、感情って単純なものじゃないから。」

今とは違って、まだ肩に力が入っているけれど、SOPHIA の姿勢を表してる気がして。
で、読みなおしてたら、↓のレポが目にとまって。
で、書いてみました。
 

膨大な時間と精神を注ぎ込んだ"生への賛歌"

 投稿者:てんメール  投稿日:2000年 3月 5日(日)22時20分9秒
 
生きている気がしないとか、何のために生きるのだとか...。

空を飛ぶ鳥たちも、街の片鱗で生きている猫たちも、
水槽の中で泳ぐ魚たちも、野原で風にそよぐ草花たちも、
おおよそ大半の、地球上に生きている"人間以外"の生き物たちは、
そんな疑問や不安を抱えて生きてはいないだろう。
ただ、あるがままに、それでいて精一杯、自然の摂理と本能にのみ従って
与えられた生命を全うしているのだから。

仕事や勉強に行き詰まれば、周りの人間のせいにしたり、
あるいは自分の非力さを呪ったり。
楽しいばかりでないではないと言うよりも、むしろ辛いことの方が多いかも
しれない日常の中で、私たちはきっと誰もがそこから逃げたり、
時にはそれに対して悪あがきしたりしながら、日々そんなことを繰り返して生きている。
だが、それも全ては夢や希望を持っているからこそだ。

大なり小なり、理想を持っているからこそ人は現実と直面するたびに傷を負ってゆく。
言っていれば、ポジティブ/ネガティブ、オプティミスト(楽観主義者)/
ペシミスト(悲観主義者)などといった一般に対局とされる思考パターンに関する
線引きなど、所詮はあくまで表層的な分類でしかない。
出来てしまった傷を傷むものとして正面から認識するか、前進するための証として
ある意味で歪曲的にとらえるか。
その姿勢は違ったとしても、現実の中で負った傷に対してのリアクションを
起こしている点では、何ら変わりがないはずだ。
傷に対して全ての無感覚・無反応になってしまわない限り、人は人として
生きていくことができるのだ。

生きていることの意味を問うのではなく、傷ついても、たとえ傷つけても、
それでもただ生きたいと願うことの大事さと儚さ。
"ALIVE" とは、彼らの膨大な時間と精神を注ぎ込んで創りだした、
一つの"生への賛歌"だったのではないだろうか...。

                              SHOXX 1998年11月号より
 

2000年に生きているシアワセ

 投稿者:てん  投稿日:2000年 2月12日(土)15時49分16秒
 
ミレニアムだから? 世紀末だから?
本当は使い古された言葉も、時間の概念もカンケーなかった...。
2000年1月1日、大阪城ホール。 15005個の"今"と"生"。
そう。
ただここから、この時から始められる喜びに満ちていただけ。
そして...。
これからの彼らの姿勢を予感させる凱旋ライブの夜が始まった。

   -------------------------------------

2000年1月1日。
ソフィアがこの街に帰ってきた特別な 1日。
『ミサイルマン 2000 ~return to OSAKA~』
それは彼らにとっての凱旋ライブ。

ただ単に 99年春から夏のツアー"beautifil MAN"の成功、
そして、昨年の夏に東京・立川で行なわれた"獅子に翼"で
最高峰に達したとは思ってはいない。
そこで手にした様々な苦しみや喜び、出逢い、すべての経験から彼らの精神を育み、
ここまできたという事実が、なんとなく「凱旋」させたと感じたのだ。

「ハッピー・ニューイヤー! 逢いたかったぜ大阪!
 今日は気心の知れた仲間と新年会をやる気分で楽しんでください。
 2000年の正月は、ソフィアと最高のライブ空間を作ったよ、と胸をはって言えるように。」

そして繰り出される曲は、次に何がくるかわからない、本当にワクワクする曲順だった。
"獅子に翼"では、アコースティックなコーナーで集中して初期の曲をやったりしたけれど、
今日はすべての曲を同じおもちゃ箱の中から無造作に取り出している...
そんな感じ。
なんと言っても、それを演奏し、歌っている彼らが気楽な遊び感覚でやっている、
それが伝わってくるのだから...。

終盤の MC で、松岡はとても重要は発言をした。
99年は本当に苦しい 1年だったこと。
それは口が裂けても言わないでおこう、と思っていたことらしいが、
彼は告白したのだった。
そして...

「俺たちは自分のために曲を作り、ライブをやっている。
 だから、みんなも自分のために・・・ といつも言ってきました。
 今はそこにひと言だけつけ加えることができます。
 ソフィアの音楽に触れてくれた人が一瞬でも幸せになれるのだったら...
 本当に俺たちは音楽をやり続けることができるんじゃないかな。」

この日の松岡の言葉の中には、たくさんの大切なものが散りばめられていた。
そして、歌った曲たちの中には、ひと言も無駄なものはないと実感した。

「またここから 2000年のソフィアをスタートさせていきたいと思います。」

6年前も、そして今、この"街"からスタートしようとしていた。そう、

 "みんなを連れて!"

                            Vicious 2000年3月号より
 

フィルム・コンサート

 投稿者:てんメール  投稿日:2000年 2月 9日(水)02時40分38秒
 
基本的には

 1) Place~(プロモでなくて、演奏してる風景)
 2) OAR プロモ
 3) ミサイルマン 2000 ライブ
     ・紅色の涙
     ・街
 4) 香港、プロモ撮影風景
 5) ミサイル プロモ

で、合間に 5人(実際には充の仕切り)のおしゃべりという構成でした。
ホントは、もっとライブシーンがあると思ってたのだけれど...。
まぁ、とても楽しめたので(トモくんにも会えたし)、それはそれで良かったのですが。

たかが「フィルム・コンサート」なんて侮っていたのだけど、
ミサイルマンのライブシーン、これは凄かった。
「街」ではとり肌が立った。
あの曲は、もう最終の新幹線に乗るための時間との戦い、というところで...

『2000年の SOPHIA、スタートさせたいと思います。』

この言葉とともにはじまった。
半分泣きそうになりながら...、キーが合わなくて音はずしながら...、
出せるだけの大声で歌った...。
スタンド最上段だったから、顔なんて見えなかったし、ステージで何してるかも
わからなかった。

今日のフィルム・コンサートでは、その表情から仕草まではっきりわかったわけで、
あんな表情してたんだ、あんなにみんなの声聴いてくれてたんだ、ってのが
わかった。
あの一体感、この映像からも伝わってくる。
みんなで作り上げた空間だと思った。

これからのツアー、「みなで作って行きたい...」との充の言葉。
とても楽しみ。
ライブの成長も見届けたいから、できる限りたくさん行きたいと思う。
まずは 3月20日、戸田。あと 1ヶ月ちょっとだ。

すぐだね。
 

今回のテーマ(笑)

 投稿者:てんメール  投稿日:2000年 1月22日(土)21時44分16秒
  ちょっと「little circus」関連を続けました。

アルバム『マテリアル』発売のインタビューから、ずっと
「自分らのやってきていること、言い続けていることは同じ」
とインタビューで言っていたが、それはないだろう、と思っていた。

だけど、この SHOXX での『little circus』についてのインタビューを読んで、
あれっ? ホントだ、言ってること変わってないんだ...と思った。

そして、BRIDGE vol.22 でのインタビュアー渋谷陽一氏の言葉。

「その時点、時点では松岡君にとってベストなこと、っていうか、
 自分なりに最良なことやってるんだけど、それが常に更新されていくんだね。
 それが凄いスピードだから、それはあなたの中では『ボーイズ』も『ガールズ』も
『マテリアル』も一緒なのかもしれないけど、音楽評論家的に言わせてもらえば
 ほとんど違うバンドだよね。」

なんか、「変わろう、変わろう」としてきたんじゃなくて、
松岡流の言葉でいうと「必殺技みたいな新しい物差しを作ってしまった」だそうで、
『マテリアル』にしても、「新しい物差しを作ったぞ」と。

変わったと言われることは、成長した、って意味も含んでいることを感じるので
それはそれで、すごく嬉しい。
けれど、『ボーイズ』も『ガールズ』も否定されては困る、
あれはあれで大事なものだ、と。

あぁ~、脈絡のない文章だ...。
 

『little circus』のコンセプト(その1)

 投稿者:松岡みつるメール  投稿日:2000年 1月22日(土)15時45分43秒
  (ソフィア初のフルアルバムを、コンセプト作品にしようと思った最大の理由は?)

去年、「Believe」を出したころ、インタビューで言ったと思うんですけど、
やっぱり僕らの始まりとなった曲をリリースすることは、
新たなスタートを意味していたんですよね。
だから、そのとき俺たちはこれから何を歌っていくべきかって、
真剣に考えたんです。
そしたら、なんかこう?...いろんなことが見えてきちゃったんです。
自分たちは素直にバンドが好きで、音楽が好きで始めたのに、
大きな流れの歯車のひとつにされてるような気がしてきたというか...
それは、ソフィアが画一的な見方でビジュアル系と括られてしまうしまう点だったり、
ポップだっていうような紋切り型の表現で判断されたりとか。
いろんなこと含めて、すべてイヤになった時期があったんです。

で、その時に考え行き着いたんです。
今までは、積み木を重ねていって、最後の一個をなかなか置かなかった...
それがいけなかあったのかもしれない、っていうことに。

最後の一つを置いたら出きる、っていうときに、その一つを置くのを
できるだけ長引かせて、その時間を楽しんでしまうタイプなんですよ。
そしていざ出来あがったら、それをすぐ壊してしまいたくなるんです。
だけど、今回は壊すことを恐れちゃいけない、って思ったんです。
一度、全てを壊して、ゼロからはじめてもええちゃうんかな、って。

 (積み木の最後の一つが 「Believe」 であり、ゼロからの作り上げが 「little circus」 だったと)

そういうことになりますね。
ゼロからやる、っていうときに、何が表現したかったのかと言うと、
『人間なんて雲のようにはかない存在だ』 っていうことだったんですよ。
雲は大空の中の一片にしかすぎないし、風が吹けば飛ばされてしまう。
大きな雲にぶつかれば呑まれてしまうし、雲と雲との出会いなんていうのも、
一瞬のすれ違いじゃないですか。
そんな存在の不確かさっていうのが、あの時期の僕には、自分達の人生と
そごく似通って見えたんです。そこから、「little cloud」っていう言葉が生まれて、
さらに「little circus」っていう世界観が導き出されていったんです。

 (「circus」って言葉にも何か託してるよね?)

意味的にはいろんな意味がありますね。
ただ、僕個人にとってのサーカスは"怖い"ものなんですよ。子供のころ、
まだ何も知らないころに行ったとき、なぜかすごく怖かったというのがあるから。
大人になるにつれていろんなことがわかって、なぜあのとき子供ながらに
サーカスが怖かったのかっていう理由は少しずつわかって来たんですけどね。
ただ、考えてみるに、人によってサーカスって、とらえ方がすごく違うんちゃうかな、
って思ったんですよ。

それだけに、これは一つの世界観を投影できるな、って思ったんです。
集団で一つの世界を作り出す、っていうところはソフィアと似ているところもあるし、
いろんな要素を含んで一つのストーリーを構成しているという点では、
サーカスそのものを人生に例えることもできますから。

 (サーカス自体、「旅」だしね)

それプラス、"little" は「little cloud」と同じように、その存在の小ささ、
っていう意味ですよね。
一人一人の人間の持っている世界なんて小さいし、はかないもの、ってわかってる。
それだけじゃなくて、人間なんて根本的に醜くて汚いものじゃないですか。
・・・やっぱり、僕の根底にあるのは「性悪説」なんですよね。

おまけに、どんなにあがいたって、人間はいずれ死ぬものでしょ?
だけど、そういうことをわかってなお、みんな幸せになりたいと思ってるんじゃないか...
もちろん、人によって幸せっていうものに対する価値観はまちまちでしょうけど、
人間の素晴らしさっていうのは、いろんなことが分かっても諦めないところだろうな、と。
 

『little circus』のコンセプト(その2)

 投稿者:松岡みつるメール  投稿日:2000年 1月22日(土)15時43分47秒
 
誰しも、人間として生きていく理由って確固たるものではないし、
それを死ぬまで突き止めることはないと思うんですよ。
でも、そこが一番大切なことなんじゃないかと思うんですよ。
だから、そのことを俺たちが少しでも自分自身や人に対して向けて歌って行けたら、
最高なんちゃうかな、って思ったんです。
だからもう、これは個性がどうのこうのだとか、人と比べてどうのこうのとか、
もうそんな次元の話ではないです、正直言って。

 (そういう思いは、詞や曲を作る段階でも生かされたんだろうけど、
  特に、タイトル・チューン「little circus」には、曲と詞の両面で
  強く表されたんじゃない?)

これは、さっきの話しとダブりますけど、生きていくことの意味を
自分に問いかけた時に生まれた曲ですね。
『幸せになりたくて 笑っていたくて 君を好きでいたい 何が起きても』
っていう一行が最初にできて、そこからすべてが出来ていったんです。

 (この詞に限らず、今回はアルバム全編を通して、以前が変化球だったとしたら、
  直球勝負的な詞になってきてはいない?)

確かに直球ですね、『愛だろ、愛じゃないか』と。(笑)

 (それでいて、シニカルで暗喩的な部分については、さらに深くなっているという...)

そうなんですね。「little cloud」の詞を書いたとき、自分自身では
こんな難解なことを詞にして良いのかな、思ったこともあったんですけど。
受け取る側にはポップだと思ってもらえたっていうのを境に、
自分の中でのポップっていうことに対する解釈って変わったんですよね。
だからこそ、今回は、これだけ素直な詞を書けたのかもしれないです。
今までだったら使えなかった言葉とか、表現を使えるようになったし。

 (今までにない表現といえば、今回「 」で聴けたウィスパー・ヴォイスを使った歌
  すごくよかったな。ああいう歌い方は初挑戦だよね?)

きっと、ずっとやりたかったことなんですよね。でも、僕これまで自分の歌が
あんまり好きじゃなかったんですよ。

っていうか、声と歌い方がキライで。これまで、どっか"吼えてた"と思うんですよ。
今回は、唯一自分でも「いい感じだな」と思える歌を歌ってる瞬間があるとすると、
ふと口ずさんでる時だったりしたんで、それを実際にレコーディングの場で
やってみて、自分の中にあった心からの歌声を見つけたんですよね。
そういうことがあってから、全体的に歌い方が変わったんです。

 (簡単に言うと、ムダな力が抜けたとか?)

きっと、今まではいろんなことに対してビビってたんでしょうね。
でも、今は自分がソフィアのヴォーカリスト・松岡充である、ってことに対して、
ある種の自信が持てるようになったのかもしれないです。

 (壊すことを恐れなかった成果だよね?)

守るものが分かったとき、それを守るために必要なのは壊すことだ、って
気づいてからは、かなり壊しましたからね。(笑)

 (それには、精神力が必要だったでしょう?)

ほんま、しんどかったですよ。
出来あがった直後なんて、放心状態でしたからね。(笑)

 (正真正銘、渾身のアルバム・笑)

このインタビュー読んで、"ソフィアはこれまでを否定しているのか" って
なかには疑問持つ人もいるかもしれないですけど、僕らはそんな気持ちは
さらさらないんですよ。
むしろ、肯定したいが為に、このアルバムを作ったし、それによってたぶん
ライブの形式も変わって行くと思うんですけど。
今は目に見えないし、形もないけど、確実に感じるものがあるんで、
今度のツアーでは皆に届けに行きたいな、と思ってるんです。

 (後はもう、前進あるのみ、っていうこと?)

僕らはもう、フル・カスタムで行きますから!
 

アルバム『little circus』その1

 投稿者:松岡みつるメール  投稿日:2000年 1月22日(土)15時42分10秒
 
■ DANCE ~tarantella を華やかに~

 (なぜ、"tarantella" なんですか?)

道理的には正しくないけど、それをやれば気持ち良くなることってあると
思うんです。
それって、ある種ギタリストがライブでギターをブッ壊すのに似たような感覚?
誰もがどこかでそういうことをやりたい、と思ってるんとちゃうかな。
そのマッドな雰囲気を出すのにピッタリな言葉を捜した時に出てきたのが
"タランテラ"だったと。

 (誰もが反逆的な素質を秘めていると)

人間が潜在的に持っている変なところをいいたかったんですよ。

■ Lucifer

歌詞全体は、現在の社会のことを歌っているんです。
もともと、ルシファーっていうのは、ヒーローやったけど、たまたま謀反を
起こして追放された堕天使なんですけど。
その話もおかしな話やなーと。
でも、それがきっと社会というものなんでしょうね。

 (私には、自分の過去への懺悔(堕天使)と今の真実(暁の明星)?
  その挟間での苦悩に感じられたんですけど)

それもありますよ。
それはたぶん、生まれた時から誰もが背負ってるもので、それに開き直るん
じゃなくて、自分でなんとかするしかない...。
それが前向きになるってことだと思うんですよね。

 (こういう歌だからこそ、"I love you" "君を愛してる" と、はっきり言えてしまう?)

最後に残るのは、この気持ちなんですよ。
これだけはホンマ(真実)やから、って。

■ float

"float"は歌詞を書くのに、すごく悩んだ曲なんですよ。

 (ここでは"永遠"が存在しないことへの憤り?)

出会いと別れの繰り返しが人生だと、いろんな人からも、歌からも
教えられてきた気がするけど...。
それって、俺的には、"フザケンナよ!"と。
違う! とは言わないけど、僕の中にはそういう気持ちがあります。

これって、めちゃめちゃ素直な気持ちなんですよ。
男って、実はこんなに女々しいんだよ、って。

■ little cloud

この世界をアルバムで表現したのが「little circus」ですから。
この曲ができた時点で、アルバムの完成形はみえてましたね。
僕の中では、かなり早い時期に細かいところまでできてたんです。
今までのソフィアにはなかった、だけどひとつ筋が通ってて...。

今話が内容が全部頭になかった時、
自分ってなんやろ? って、雲が消えていくのを見ながら考えてた時に、
ふと、雲それぞれにも気持ちがあるのかな? って...。

"雲のビンづめ"って本があるんですよ。
主人公の男の子が雲をビンの中に捕まえるんだけど、触ろうと思って
開けた瞬間にヒュッと雲が逃げてしまうんです。
それで、その雲を探しに旅をするという話なんですけどね。
だけど、どれがその雲がわからんわけですよ。
そこで、はじめて彼は、いろんな雲があることを知るんです。

その本の影響もあるんですよね。
例えば、好きになった女の子と付き合って、自分のものにしたと思っても、
その彼女の人生も雲のように流れていってしまったり、
形を変えてしまったりする。
それってはかない、切ないことやな、って。

あと、ライブを意識したのもあります。ソフィアとオーディエンスと。
恋をした、っていうのは...

 (心を通わせる?)

そうそう。ライブのこの一瞬!という時にね。
それがあるからこそ、僕らもやってるわけで、みんなも来てくれるんだろうし。
それって、恋をするくらい素晴らしいことですよね。
最後の一行が、僕にとっては一番重いフレーズなんです。
できへんことはわかっても、だけど、ちっちゃな雲は大空を包み込もうと
手を伸ばして、明日の方を向いて歩いていくんだと...。

 

アルバム『little circus』 その2

 投稿者:松岡みつるメール  投稿日:2000年 1月21日(金)22時04分32秒
 
■ ポトス

これは、ふと笑ってしまうような恋愛のかわいらしさ。
「あっ、俺ってなんてかわいいんやろ!」って思うときってあるじゃないですか。(笑)
"DANCE~" とか歌っといて...なんか女心っぽいですよね。

 (こういう歌、似合うよね)

あ(笑)、似合いますか!
いやいや、女の子ってこういう要素持ち合わせてるなと思うんですよ。
今泣いてたのに、涙浮かべながら「おなかすいたー」とか言うてクッキー食べたり。(笑)
そういうところ、憎めないですよね。
女の子のコロコロ変わるところに、男はマイってるぜ、っていうのを(笑)
ちょっとお洒落に、ソフィアなりのフレンチなんですけどね。

■ Hungry life

"ポトス"を女の子の思わせぶりな気持ちとするならば、
逆に男ってこんなに単純なもんで(笑)、いきなりハラヘリ~ですからね。

でもね、すごいシニカルなんですよ。"悲しみの human life 喜びの~"
全部前の言葉にかかってるんです。
で、最大の集約が "やめちゃえよ その人生"

 (今までのソフィアにはないですよね)

今までの松岡充なら書かない

 (強くなったなぁ~)

自分でも思いました。まずは自分にも言ってることなんですけどね。
オマエが思ってる『松岡充像』なんて大したことないぞ。
それよりも、もっと食欲に前を向いて、パンをほおばりながらでも歩き出す俺を
待っていてくれてる人の方が多いんとちゃうかな、と。
でも、やっぱ最後の一行ですよ。

 (ツライときに聴くといいかも)

そうそう(笑)。
自分がどうしようにもアカンわ! と思うときに聴いたらいいんじゃないかな。

■ Believe

 (ここんにきて、アルバムに入れたのは?)

僕の考えは、これを入れることによって、今までのソフィアを肯定できるんじゃ
ないかと。今までがあったからこそ、ここにたどり着くことができて、
僕たちは今迷いなく "Believe" を歌える。
そこにカッコよさを見い出すことが出きたよ、っていう象徴というか...。

 (今だから歌える "Believe" だと)

うん、当時はなにも思い残すことはない! くらいまで思ってたんですよ(笑)。
だけど、先に進んで行く時に、僕らは何を信じていけばいいんだろう?
ってメッセージもありつつ、ライブで伝えて行きたいんですよね。

■ 街

 (この "街" とは松岡君にとって「東京」なんですか?)

今はそうですね。
でも、東京という限定でなくて、誰にでも当てはまる、その街があると思うんですよ。
まだ見ぬ僕の街、って言ったほうがいいかな?

厳密に言うと、"Believe" をアルバムに入れようと思う前に、この曲があったわけです。
これがあったから、"little cloud" が出たし、"Lucifer" が出てきた。
だから、東京に出てきたことがあったから、この歌が出てきた。
たからこそ、"little circus" ができたというのは、たぶん的を得てます。
それは、少年時代にいろんな土地で育ったところにも、さかのぼると思うんですけど。
そんな僕でも、いつかここが、僕の街だ、僕が人を愛する舞台となる街、
子供を育てていく街になるんだろう、
そういう街ができるんだろう...ということです。

 (この歌詞は、このアルバムに収録されている全ての曲の母体になっている、といっても
  過言ではない?)

うん、この歌を書く前の僕だと、「絶対に君を守ってみせるよ」って言ってたのに、
「救えない」と言えた...。
それを言えたことによって、新しい自分を表現する見つけていったような気がする。

■ circus

 (松岡君にしては、抽象的ですよね)

これは深いですよ。
胎内回帰? そういう気持ちでしょうね。
自分にもし子供ができて、その子に対して一番思う気持ちっていうのは、
たぶんこういうことなんじゃないかな。
キミが価値観を持って自分の人生を歩む前に、
絶対にこれだけは忘れないでくれ、と願う気持ち?
そして、これもやっぱり "Lucifer" につながってると思うけど、
さっき言った「懺悔と真実」の気持ち?

 (行動よりもなによりも、確かなものは自分が感じている気持ちなんですよね)

だから、気持ちがすべて、っていうところがあって、
僕の気持ちもそうなんだけど、やっぱり、コラージュなんですよね。
ひとつひとつに完結してないんですよ。
僕のしゃべり方ってそうでしょ?
言いたいことわかんねんけど、端々ばっかりでしょ?

(笑)でも、伝わるんですよね。
この歌詞も全編でなんとかっていうことじゃなくて、
自分が子供になってたり、ソフィアの松岡になってたり、
いろんなシーンがありすぎて...。
でも、表現したいことはひとつなんですよね。

 (子供の頃へのオマージュは、松岡ワールドの一つの永遠のテーマなんですね。)
 

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